コラム

  

議事堂に轟く声を後にして秋の五能に行く末を見る  2015/11/3 記

 安保関連法案の強引な採決に怒りを感じながら、都会の喧騒を離れ、一路秋田へ。収穫の終わった田と黄金に輝く田とが織りなす田園地帯を「こまち号」は突き進んで行きます。背の高い杉の防風林がサイロのある家々を守っています。こんなに豊かな光景が日本にはあるではないか!

 広井良典さんの『ポスト資本主義』(岩波新書 2015)は現代の世界情勢をもののみごとに紐解いてくれます。科学哲学を専門にする著者が社会学、特に資本主義を論じています。専門外の資本主義をこんなにも分かりやすく論じられることの不思議。著者の一角ならぬ力に恐れ入ります。いやいやそうではなく、学問をするとはこの時代重箱の隅を突くようなことではなく、理系・文系の垣根を超えた取り組み方を要請しているのではないか? 思うに名著『テクノロジーとイノベーションン』を編み出したのは、経済学者ではなかったか(これは後で言及します)。広井さんは資本主義の行く末を、さすがに科学哲学に勤しんでいたわけですから現在の学問(科学)の研究対象と方法とに重ね合わせながら、論じます。それはまさに「関係性の回復」と言ってよいような地平なのです。

                                                                                                 

「こまち号」は桜の名所角館を過ぎ、まもなく「花火のまち」大曲に到着です。大曲で列車の進行方向は反対になります。スイッチバックなんて懐かしい。「こまち号」は新幹線とはいえ、こういった懐かしさを載せています。秋田市に到着しホテルに荷物を預け、早速秋田市内の散策に出発です。

安藤忠雄さんが新しく造った秋田県立美術館を真っ先に訪れました。

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 秋田ゆかりの画家、池田修三さん(1922~2004)の展覧会をやっていました。写真撮影が可能なコーナーがいくつかあって、これはその一つです。少女趣味とか大正ロマンとか言われていたようで、確かにこのオブジェもそうなのですが、しかしこの優しさ、ロマンチシズムの背後には絶望や闇といったネガティブな世界が潜んでいます。光と影、暗闇を知らない人には明るさはないのかもしれないですね。この県立美術館は藤田嗣治さんの≪秋田の行事≫が常設されていて、それが売りになっているようです。江戸時代から続く米穀商を営む資産家の三代目の平野政吉さんが、藤田のために美術館を造る話を進めて、この美術館を造ったエピソードが『トランヴェール 2015.9』に載っていました。安藤さんが新たに建造した美術館の水の溢れるカフェの窓から旧美術館の建物が見渡せます。それにしても≪秋田の行事≫には圧倒されました。この大作一枚に秋田をすべて盛り込んでしまうとは。

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 昼食に稲庭うどんをいただき、その後秋田市内を散策。シルバーウィークの最終日ということもあってか、街は閑散としていました。秋田市文化財マップを片手にしての散策だったので、尚更だったのかもしれません。赤煉瓦の建物を地元の女学生に尋ねても知らないようでした。僕たちはマイナーな秋田市巡りをしていたようです。すっかり足は棒になり、夜には是非とも比内地鶏を、と物色していました。古民家風の飲み屋さん、どうしようと迷っていると「鳩山元首相来歴」なんて看板があったので、入ることにしました。「ハタハタ焼いても家焼くな!」なんて呼び込みの声を轟かせていました。美味しかったです。日本酒が美味しく、いつもならすっかり酔ってしまう日本酒もこの日は悪酔いしませんでした。隣に陣取った30前後の二人連れと意気投合し、あれこれと軽口を叩いていました。博多から仕事で来た、と。博多は物価も安いし、食べ物も美味しい。新潟、北海道とは肩を並べるが、秋田はどうでしょう? トラック運転手と思しき二人は社交的で、物怖じしませんでした。秋田は「日本昔話の世界」みたいとか、今NHKの「篤姫」をビデオで見てるのでストーリーは言わないで下さい、とどうやら自分で見聞きしたい人たちのようです。身体を張って生きているといった感じがして、好感が持てました。明日は五能線に乗ります。リゾートしらかみの旅です。

 ホテルの朝の新聞「秋田さきがけ」がドアに挟んでありました。「安保法成立に思う」という文章をきたやまおさむさんが寄稿していました。安全保障関連法が、若者や女性らの反対の声をよそに成立した。きたやまさんは「百年後、二百年後も僕たち子供たちが、またその子供たちが、戦争を知らない子供たちだと言えるように。」と文章を結んでいました。ああ、議事堂に轟く声を後にした筈なのに、その声はどこまでもどこまでも追いかけてきて、途切れることはないのだ。

リゾートしらかみ号は定刻通りに発車しました。能代と五所川原を結んでいるので、五能線というわけです。日本海に沿って、白神山地と岩木山をぐるりと回る鉄道です。

 広井さんは言います。「ニュートン以降の近代科学の歩みは、「自然はすべて機械」という了解から出発しつつ、ある意味で逆説的にも、その外部に置かれた“ニュートン的な神”=世界の駆動因を、もう一度世界の内部に順次取り戻し、すなわちそれを「人間→生命→非生命」の領域へと拡張していった流れでもあったとも理解できるのではないか。

それは実のところ、近代科学成立時の機械論的自然観がいったん捨て去ったアニミズム的要素―“生ける自然”あるいは自然の内発性―を、世界の内部に新たな形で取り戻していった流れと把握することもできるだろう。」と。

 そして近代科学は個人のレベルから、情報やコミュニティ、個体間の関係性に関するレベルにシフトさせてきた、と捉えます。そうなのです、精神医学はずっとそうしてきたのですが、脳研究は個人レベルへと一時逆行したとも思えますが、しかしこれは必要な逆行だったのでしょう。いま再び、精神医学は脳研究を踏まえながら、関係性の領域へと分け入っていくことになります。

 リゾートしらかみは停車駅によってはイベントが企画されています。能代駅にはバスケットボールのゴールが用意されていて、フリースローに挑戦できます。見事にゴールを決め、秋田杉製のコースターを貰いました。列車はビューポイントでは減速して走ります。千畳敷駅では降車して石畳の海岸を歩くことができました。僕たちは十二湖駅で一旦途中下車して、3時間ばかりの白神山地の散策に挑みました。

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 青池は、確かに透き通るような青なのですが、落葉の葉が湖面を覆っていて決して奇麗ではありませんでした。しかしブナ林を歩けたのは収穫でした。空気が違うのです。ブナの根元を覆うシダの葉は瑞々しく大きくて、古代を思わせます。屹立したブナの木々の木漏れ日を浴びて、名も知らぬ幻想的な花が咲いていました。何も動いていない世界に時間があるんだろうかと感じていました。ブナ林は一足踏み入れると、標識はあるのですが、迷路のようでした。遠くから響いてくる鳥と人の声が安心の標でした。

 鯵ヶ沢と五所川原駅間は津軽三味線の生演奏がありました。生演奏は初めての体験でした。津軽三味線は空気を切り裂くような鋭い音色を響かせていました。寒さゆえなのでしょうし、冷たく硬い空気にはこの音色でないと太刀打ちできないのでしょう。弘前までは行かず、川部で奥羽本線に乗り換え新青森に向かいました。鈴なりの真っ赤なリンゴに撓んだ木々が岩木山の麓を埋めていました。あるいは岩木山は、真っ赤な沢山の鈴が鳴り響くオーケストラの指揮者のように聳えていました。

 『テクノロジーとイノベーション』(進化/生成の理論 有賀裕二監修 日暮雅通訳 みすず書房)の著者W・ブライアン・アーサーが経済学者であることは驚きです。経済学者がこれほどにも科学のことに精通しているのか、と。著者は「私はまた、経済とは昔自分が暗黙のうちに教えられていたようなテクノロジーの“容器”などではないという見方もしはじめていた。経済はテクノロジーの結果として生じるものだ。」と言います。あたかもこの大部の著書はそのことを実証するために書かれたような印象さえ受けます。「テクノロジーはテクノロジー自身から有機的に作られ」あたかも「「遺伝的特質」をもち始める」と言います。テクノロジーは進化し、テクノロジーの組み合わせが変化を起こし、テクノロジーにイノベーションをもたらす。「発明は先行テクノロジーの新しい組み合わせだ」とアボット・ベイジャン・アッシャーを引用します。

ジェイムズ・ワットは1760年代に蒸気機関を発明しましたが、しかし蒸気動力は1820年まで普及しませんでした。鉄道の敷設に要する時間や鉄道が運河を使った船運よりも優れていることが普及するのに時間を要した訳です。つまりテクノロジーの進歩(イノベーション)によって経済的な変革が生じるのに時間を要した訳です。1840年代になってイギリスでは鉄道産業が活況を呈するが、結局鉄道敷設で多大な利益が出せるのはマンチェスター―リバプール間とロンドン―バーミンガム間くらいなものでした。

 いまこの国は北海道にまで新幹線網を整備しようとしています。新青森駅は新幹線の宣伝一色となっていました。中枢と末梢。私は北海道や沖縄を含む日本列島を身体のようにイメージしていました。東京が中枢(脳)であり、そこから神経ネットワークによって地方(末梢)が結ばれていく。しかし最早「脳の時代」は終わり、広井さんが言うように「間」の時代を迎えているのではないか? この「間」によって地方は見直されていくのではないか。「政治革命の場合も科学革命の場合も、機能が悪くなって危機に至る感覚が、革命の前提となっている」とトーマス・クーンは述べ、パラダイムparadigmがシフトすることによって新たな科学研究の伝統をつくっていると言います。私たちは、科学に携わらなくても、日々こういった変化の中を生きているのでしょう。

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 青森駅には太宰ラーメンの店がありました。小腹が空いていたので、いただいてみました。青森はもちろん太宰修一色でもありました。又吉さんの芥川賞受賞がさらに拍車を掛けたのかもしれません。
旅から戻ったその後は、ノーベル賞でもちきりとなりました。今年の日本はまた複数受賞となり、受賞した二人ともが地方大学出身者ということは一塩です。村上春樹さんがまたしても逃したことは残念ですが、ノーベル賞といえども一種回り持ちのようなもの。そのうち確実に受賞するでしょう。

 「技術は生物のように、自律的に進化発展する」という先のブライアン・アーサーの陳述に思いを馳せています。wearlable、AI(人工知能)、アシストロボット、自動運転などなど。技術、コンピューター、ロボットと生物との差異は既になくなっているのかもしれません。私たちはもはやサイボーグとしての私たちの世界を歩み始めています。

だからこそ私たちは郷愁のように、もう随分と都会にはない、そして私たちからも失われていくばかりの自然を求めてしまうのか? いやそうではなく、中枢重視の日々が時には末梢にも目を向けて、中枢と末梢との繋がりを確認する必要を感じているのかもしれません。『ゼロ成長』の時代、これ以上の成長はもう望めないのです。だからこそあるもののネットワークを大事にする必要が大声で唱えられているのです。

                                          2015.11.3  文化の日に寄せて