コラム

  

若き弓、桜を射抜き、風は風 ーー桜の季節に思うことーー  2017/4/13 記

 3月23日は六義園の枝垂桜はまだ1分ほどしか咲いていませんでした。それでも櫻木の大木と広く風に靡く垂れた枝は、満開となったときはさぞかし圧巻だろうと想像を掻き立ててくれました。

      Atacched File                                    Atacched File

入口の壁には満開の時の写真が飾ってありましたが、写真は写真。見ることもまた視覚だけでなく五感を総動員しての感覚なので、感じ方が違うのでしょう。

4月5日、クリニックに生けてもらった桜は満開となりました。それはそれで箱庭のように奇麗なのですが、清明の日の昼休み、天気快晴、近くの大宮公園にお弁当を持って出てみました。公園内は花見客でごった返しています。途中、氷川神社の入り口に高校生の弓道大会の的場が設えられ、弓を引く高校生で溢れかえっていました。「あた〜り!」の声は中々届かず、それでも若き弓は桜を射止めていました。

     Atacched File                  Atacched File

持参した太巻きをいただきました。僅か1時間の昼休み花見。風は風、桜はひとひらふたひらと風に散り、桜は風になっていました。いやあ太巻き、卵巻きの美味しいこと、これでビールでもあったら、と。

   こんな長閑な季節とはうらはらに、世界はきな臭くなっています。イギリスのEU離脱に始まり、アメリカのトランプ旋風といい、これまで世界を引っ張ってきたリベラルな多文化主義が敗北しようとしています。その流れがいけないことと決して思っている訳ではないのです。ただただこの桜の季節のような日々がずっと続いてくれたらと思っているのですが、それは叶わないことのようです。

EU離脱もトランプ現象も、そしてフランスの「国民戦線」党首マリーヌ・ルペン氏の人気もポピュリズムの台頭と軌を一にしています。大衆迎合主義と訳されるポピュリズムは、リベラリズムが牽引してきた民主主義への不信感を孕みながら膨らんできています。金成隆一さんの『ルポ トランプ王国』(岩波新書 2017)は、病んでいるアメリカを炙り出します。五大湖周辺のラストベルト(Rust Belt、さびついた工業地帯)はかつて製鉄業や製造業が栄え、「ブルーカラー労働者たちがまっとうな給料を稼ぎ、分厚いミドルクラスを形成して」いました。しかし企業は低賃金労働者を求め、海外に進出していきます。結果アメリカンドリームそのものだった繫栄した工業地帯はラストベルトに転落し、人々はミドルクラスからの失墜の危機に喘いでいます。トランプ氏は「私はリストラされた工場労働者や、最悪で不公平な自由貿易で破壊された街々を訪問してきた。彼らはみな『忘れられた人々』です。必死に働いているのに、その声は誰にも聞いてもらえない人々です。私はあなたたちの声です。」と演説します。そしてエスタブリッシュメントと呼ばれるヒラリー・クリントンに代表されるリベラル民主党を非難し、民衆の期待を煽ります。まさにここにポピュリスト トランプが誕生した訳です。

金成さんは、人件費が安いからと不法移民に仕事を奪われた多くの白人の苦悩や石炭から石油への返還のため職を失った元炭坑労働者の貧困を、インタビュー調査して伝えてくれます

。ミドルクラスからの転落と貧困が人々をポピュリズムに駆り立て、トランプ人気を圧倒的なものにしました。政治に民意を反映させるべき政党が役割を果たさなくなっているとき、いまがそうですが、t確かにポピュリズムは民衆の訴えを直接拾ってくれている点では民主主義的です。しかし民主主義はさまざまな意見の違いや多数派・少数派といったすべての「違い」を受け入れながら守るシステムなはずです。その点ポピュリズムは民意を聞くと言いながら一部の民意でしかないわけですから、民主主義とは言えないでしょう。よってトランプ氏が徐々に示し始めているファシズム的な権威主義には気をつけなくてはいけません。

                                                                                                               Atacched File

「残虐な殺人や悪辣な詐欺事件をおかしたにもかかわらず、まったく反省の色を見せない。そればかりか、自己の正当性を主張する手記などを世間に公表する。外見は魅力的で社交的。トークやプレゼンテーションも立て板に水で、抜群に面白い。だが、関わった人はみな騙され、不幸のどん底に突き落とされる。」性的に奔放であるため、色恋沙汰のトラブルも絶えない。」この文章は中野信子さんの『サイコパス』(文春新書 2016)の一節です。こういったサイコパスはアメリカでは全人口の4%を占めると言われているようです。精神医学の診断にはサイコパス(「精神病質」と日本語にはかつて訳されていました)はなく、「反社会性パーソナリテイ障害」がそれにあたるのではないでしょうか。有名なところでは『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士がそうなのでしょう。このサイコパスの人に対して、時には信者であるかのような崇拝を示す人までいます。近年の研究では、サイコパスの人たちには脳の機能に特徴があることが突き止められてきています。前頭前皮質の灰白質の容積が減少していて、扁桃体との結びつきが弱い。よって共感性に乏しく、良識というブレーキが利きにくい人格が誕生します。トランプ氏がサイコパスである可能性は押さえておくべきでしょう。

 ポピュリズムをけん引する指導者にはサイコパスの人が多いのかもしれません。民衆を煽り立て、熱狂的なまでの妄信を生み出し、突き進んで行く。この関係のあり方は極めて宗教的です。ポピュリズムの起源は19世紀末のアメリカ南部・西部で盛り上がった農民運動にあったようです。急速な工業化により農産物の価格が下落し、生活に困窮した農民たちが政府に働きかけた運動です。世直しの直談判であって、日本の「百姓一揆」や「米騒動」にも近いものがあります。支配ー被支配といった関係が強まった時、民衆の不満が爆発することによって動き出すようです。しかしこの動きは政治に限ったことではなく、宗教の世界でも広く起こっていました。キリスト教そのものに内在し、「あなたがたには学問はあるかもしれないが、信仰は教育のあるなしに左右されない」というイエスの言葉に究極の出発点を持っています。特にプロテスタントの主張はまさにこれです。「これ」と言っているのは『反知性主義』のことです。マックス・ウェーバーは、すべての宗教の根底に「神が愛と正義の神であるなら、どうして私たちはこんなにも不幸で苦しまなければならないのか」という問いがあると言います。遠藤周作さんの、ついこの間再度映画化された『沈黙』のテーマでもあります。ウェーバーはプロテスタントリズムと資本主義の関係について論じています。アメリカに渡ったピューリタンはプロテスタントの先鋭であり、アメリカのピューリタニズムは極端な知性主義として始まっています。そしてその後のアメリカのキリスト教は反知性主義の歴史をたどることになります。

森本あんりさんの『反知性主義』(新潮選書 2015.2)は、トランプ現象を生み出すに至ったアメリカの歴史を詳述しています。リバイバリズム(信仰復興運動)が知性主義に対して繰り返し繰り返し反旗を翻していったようです。そしてそのリーダーとして数々のサイコパス的な人物が割拠したようです。

                                                                                                                                                                                        Atacched File

 「反知性主義」という言葉は、1952年のアイゼンハワーが勝利した大統領選挙を背景にして生まれました。20ドル紙幣に描かれているアンドリュー・ジャクソン(学校では綴りや文法の勉強にはあまり興味を示さず、生涯を通じて本を読むことは稀な「ロバ」と呼ばれた)が1828年「権力は必然的に財産についてくる」というジョン・クインシー・アダムズ(第二代大統領を父に持つ名家の出)を破って大統領になったことによって、「アメリカ史に反知性主義ののろしがあがった」と森本さんは言います。「特権階級がもつ既得権に強い反感をあらわし」「金持ちがより金持ちになり、権力者がさらに大きな権力をもつようになるシステムは、平等と自由競争という根本原理で打破されねばならない。農夫や商人や手工業者といった一般市民がまじめに働いて、その勤勉な努力が報われる社会を建設すること」がジャクソンの重要課題となった。かくして権力の自己増殖を防ぐことが反知性主義の使命となったのです。

この反知性主義の流れは現在のアメリカの状況と非常に近いものがあります。もちろんアメリカだけでなく、日本もフランスも、そしてイギリスも世界各国が陥っている状況です。反知性主義という基盤があって、今現在のポピュリズムが台頭してきているような感さえあります。しかし反知性主義は知性を持つものが権力を握っていることへの反発であり、平等を目指すものです。しかし残念ながら誤解されてポピュリズムとほとんど同義に使用されたりしています。反知性主義は大衆の意を汲み上げるのみのポピュリズムとは違うのです。この両者の違いはしっかりと押さえておく必要があります。

 それにしてお昨今のわが国の政治を見回す限り、アメリカ迎合主義ばかりで何らの主義主張が見えなくなっています。これを識者は小選挙区制の弊害と言っているようですが、内憂が外患によって後回しにされなければいいのですが…。老爺心ですが。